不思議体験

そこに見える…。(Web初掲載)

そこに見える…。(Web初掲載)

「どのように見えるのですか?」と訊かれる事があります。
いわゆる『この世にあらざるもの』について、それがどう見えるのか?という質問です。

おそらく、視覚で感知しているのではないので、なんとも説明しがたいのです。
また、私の場合でいえば、いつもいつもそれを「見ている」わけでもありません。

そこに見える…。

以前こんなことがありました。

徹夜の作業が続いて、まだ昼間だというのにデスクに突っ伏してうたた寝をしてしまいました。
ハッとして顔を上げると、窓の外の風景が真っ赤に染まっているのです。
(わっ!もう夕方!!)と、あわてて立ち上がって時計を確認しました。ところが、

時刻は午後の2時を少し過ぎたばかり。

何度も目をこすってみました。が、真っ赤に染まったままの風景は変わらないのです。
その時、真っ赤な風景の中を走っていく影がありました。

それはザンバラ髪をなびかせ、ボロボロの着物を幾重にも纏った老婆、なのです。
ものすごいスピードで視界を横切っていくさまは、平安時代の絵巻物にある餓鬼そのものでした。

え?

と思った瞬間、それは自転車に乗って通り過ぎていく近所の顔見知りの女性の姿に変わっていたのです。
真っ赤に染まった風景は、いつもの見慣れた町並みの色合いにもどっていました。

ひと月くらいして、その時の女性が家人とトラブルを起こして家出をした、という噂をききました。
あくまで噂なので、どこまでが真実なのかはわかりません。
彼女は若くして結婚し、地元でも裕福な家に嫁いでいました。お子さんにも恵まれ、ご主人の仕事も順調。
姑や、ご主人の方の親戚ともうまく折り合って、幸せそうに見えましたが、当事者にしかわからない内情があったようです。
結局、一族郎党を巻き込んで、離婚するのしないのとすったもんだの大騒ぎの末、
何事もなかったように元の鞘におさまりました。

後から考えれば、
彼女の中の何らかの「修羅」が、赤い風景に老婆の姿になって見えた、とも言えるかもしれません。

そして、つい先日乗った通勤電車でのこと。
私は座って読みかけの本の続きを追っていました。
うつむいたままの私の視界の隅に、汚れて皺だらけで埃にまみれた脚絆が入ってきたのは、始発から5分ほどして次の駅に停車した時でした。

今どき脚絆?コスプレーヤー?

それにしても、その足がまた象のように太く、皮膚はたるんではみ出しているではありませんか。
(ずいぶん疲れた足だ、お年寄りならば席をゆずろう。)
そう思って顔を上げて…驚きました。

そこには、ほっそりした若い女性の姿があったからです。
歳のころは20代後半から30代。
オフホワイトのシャツに黒いビジネススーツ、髪はショートボブ。
黒のショルダーに携帯、耳にはイヤホーン。
下げた紙袋の中には書類の束と社名の入った封筒。
スカートからのびた足はすらりとのびていて、濃紺と白のコンビの中ヒールのパンプスをはいています。
しわだらけでもなく、たるんでもおらず、まして、脚絆などつけてはいませんでした。

電車が次の停車駅に着くと、多くの乗客が吐き出された。
正面の席が空き、その若い女性はするりとそこに滑り込みました。
そして座ると同時に目をつぶり、手すりにもたれてうたた寝をはじめたのでした。

私も読みかけの本に、また目を落としました。
しかし、活字を追っている頭の中にうかんでいたのは、
あの日の真っ赤な風景とザンバラ髪の老婆の姿、でした。

=了=

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