不思議体験

匂い(web 初掲載)

匂い(web 初掲載)

そこには絶対ありえない匂いに気がついたのは、ある会食の席でした。

匂い

食事が進み座も緩んだ頃、Mが『遅くなってごめん』といいながら、部屋にはいって来たのです。
その瞬間、新しく掘ったばかりの土のような湿っぽい、何とも言えない香りが漂ってきました。
ギョッとして周りを見回しましたが、誰も気にしている様子はありません。
Mは、カジュアルワンピースに小さめのショルダーを抱えています。至って普通の昼の装いでした。

特にMと親しい、というわけではなかったのですが、ちょうど席が隣りだったこともあり、彼女に小声で囁きました。
「ねえ、Mさん。もしかしてお葬式だったの?」
その瞬間、Mがわずかに動揺したのがわかりました。ギョッと息をのみ、私の顔を見つめ返してきたのです。
そして同じように小声でこういいました。
「実はお友だちが亡くなって、午前中、告別式だったの。故人の希望でごく内輪だったから、この会の人たちにもまだ誰にも話してないんだけど…。阿部さん、どうして知ってるの?』
私は私で、感じたままに言葉に出してしまったものの、場所柄なんと説明しようかと躊躇してしまいました。そのうち、Mと仲良しグループのメンバーが席にやってきて盛り上がり、それっきり話はそのままになってしまったのです。

こんな風にそこにはありえない匂いを、感じることがあります。
死者の匂いです。そこに土の匂いを感じるのは、人は土に還るのが自然の理だからかもしれません。
そしてなぜか、かの匂いは、この世に思いを残した人ほど強いように思うのです。

Mの亡くなった友人にはまだ幼いお子さんがふたりいたこと。そして病巣が発見されてから悪化の進行が早く、下のお子さんの入園式に病院から特別に許可をもらって車椅子で出席したこと。
そのあとまもなく、幼いお子さんふたりとご主人にそれぞれ長い手紙を残して他界されたということを、人づてに聞きました。
それは、この会食から1年ほどたってからのことです。

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