不思議体験

記憶 (web新掲載)

記憶 (web新掲載)

不思議体験は、文字通り、私たち姉妹がこれまでに体験した不思議な出来事を書き留めたものです。阿部ヒロの旧ブログから引き継ぐにあたっては文章を整理しました。旧ブログには掲載できなかったものも少しずつアップします。なお場所や人物については、現在もそこに暮らす人がいるため、特定できないように仮名・仮称を使用している場合があります。ご了承ください。

=記憶=

私たち(ヒロとケイ)は3年違いの姉妹です。
昔、ある番組でご一緒した霊能者の方に
『あなたたちは双子だったのね。』と言われました。
どうやら、ふたりで組むとシンクロ率が増幅するらしいのです。
どういうことなのかと考えていたら、子どもの頃のある旅行を思い出しました。

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当時、父の方針で春休みは必ず家族旅行をすることにしていました。
その年の旅行は長崎、熊本。
同行の家族は両親、妹(小3)、そして私(小6)の4人。
車中泊して翌日、長崎着。市内観光の最後が原爆記念館だったと思います。

思う…というのも、実は私にはその時の記憶が全く、ないのです。
あの有名な記念像のすぐそばでタクシーをおりたところまでは、なんとか憶えているのですが。

突然、視界が真っ暗になりました。
次に映画館の中でモノクロの動画が始まったような光景が広がりました。
まるですすけた窓ガラスごしに外を眺めているような感覚。
最初に写し出されたのは
『妹が母に抱えられ、タクシーで病院に運ばれるところ』
実際に具合が悪くなったのは『妹』で、『私』ではないのです。

その後、私は父と一緒に記念館に入っています。
私は、おそらく傍目にはふつうに自分の足で歩いていたし、会話もしていたらしいのです。
でもそれは、全く実感を伴わない記憶。
一言で言うと、漆黒。音もない光もない世界を漂っていた感じ。
それまで演じていた舞台にいきなり、なんの予告もなく幕が下ろされた。そんな突然さ。
しばらく浮遊感が続いたあと、なぜか私を私が見ていることに気がつきました。
父と見学をしている私。展示物を見ている私。でも、私ではない私。
だから、何を見ているのかは、わかりません。私はここにいて、私を見ているのに、まったく『実感』がないのです。
眠ったまま歩いているような感覚は、妹が病院から宿泊先に戻ってくるまで、続きました。

この時の記憶は長い間誰にも話さないまま(話す機会もないまま)でした。
ところがつい先日、妹と仕事の打ち合わせをしていた時、偶然この時の家族旅行の話になったのです。
妹は、こう語りました、
『あの瞬間、目の前にものすごい強い光がピカ=====ッ!!…って光って、もう目があけてられない!!
…って思う間もなく、続いて旋風がビュ====ッ!!もう立っていられないよ〜っ!!!て叫んだの。
でも声が出ないし、ものすごく気持ち悪くなって、あと何がなんだかわからなくなった。
そうか、私は病院にいったのかー。ゴメン.ぜんぜん憶えてないよ。』

もしかしたら、私たちはあの時確かに1945年8月9日の長崎にいた『誰か』に会ったのかもしれません。
原爆投下のその瞬間の誰かの意識。
私はその人の内側に、妹は同じ人の外側の時間軸を越えて飛んだのではないでしょうか。
妹が意識を失うと、そのふたつの時間軸が合流し、今度は私があの日を彷徨っうことになったのです。もしかしたら、その瞬間まで誰か大人に手を引かれていたかもしれません。
小学校低学年の女の子で大人に手を引かれていたようだ、ということは、私と妹の意識が共通に感知していることです。そして
おそらく、自分が亡くなったことにも気がつかないまま、ずっとあの付近を彷徨っていたのではないか、と思うのです。

以来、長崎にいく機会はないままになっています。
しかし、いつかまた長崎を訪れることがあれば、今度は別の形でこの子と会えるような気がしてなりません。

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